[2005.7.31] -[門真民報]
日本共産党門真市会議員団は、25日、園部市長に対し、アスベスト(石綿)による健康被害を防止するために、実態調査と健康被害防止策の実施を求める緊急の申入れをおこないました。アスベストが原因とみられる疾病で死亡した労働者は、判明しただけでも全国で350人以上。アスベストとの関係が濃厚な中皮種による死者は、統計がある95年から03年までの9年間で6060人にのぼっています。
これまでのアスベスト対策についての門真市の説明によると「門真市でも、87年当時、吹付けアスベストによる健康被害が社会問題となり、建築材料に対しても問題提起され、含有量が5%を超える吹付けアスベストについて調査を行った。その結果、露出し劣化が著しく、飛散の恐れのある部分について、4ヶ所について除去した。」さらに、「新たな国の指針を受けて、市有建築物の全棟調査を今夏中に行う」としています。
今回、新たなアスベスト被害が大きく報道される中で、市民の中からも、「門真市のアスベスト対策は、大丈夫なのか」などの声が寄せられていることから、議員団として緊急の申入れをおこなったものです。具体的な要望項目は以下の通りです。
(1) 市民の問合せに答える「相談窓口」を設置すること。
(2) 市内の石綿を使用した建物、施設、設備などの把握につとめ、解体、更新時の飛散防止策の徹底を図ること。
(3) 市有建築物の全棟調査結果をもとに、石綿製品の完全撤去を基本とした対策をとること。
(4) 全棟調査結果と対策は、ホームページ、広報等で市民に公表すること。
(5) 南小学校の解体、浜町小学校の大規模改修にあたっては、周辺対策など万全の措置をとること。
アスベストは、石綿とよばれ、建設資材などに多用されています。髪の毛の5千分の1ほどの細い天然繊維は人の肺に入り込み、20~30年の潜伏期間を経て、がんなどの病気を引き起こします。中皮腫は、肺を包む胸膜の表面層(中皮)に腫瘍(しゅよう)ができるがんの一種で、石綿との関係が濃厚です。
7月11日から、大阪社会保障推進協議会が2005年度自治体キャラバンを実施し、介護保険・国保・生活保護・医療について各自治体と懇談を開始しています。門真市においては、介護保険はくすのき広域連合で実施しているため、守口市・門真市・四條畷市の地域社保協と共同で21日、懇談を行いました。党議員団から中西みよ子議員・井上まり子議員が出席しました。懇談では、事前に提出していた「介護保険制度に関する要望書」の回答にもとづいて進められました。
6月22日、介護保険見直し法案が可決しました。見直しの中でだされている新予防給付のマネジメントなどを行い、人口2~3万人に1ヶ所設置となる「包括支援センター」は、どこが運営するのか、地域支援事業はどういう内容になるのかなど会場から質問がでましたが、まだ具体的には何も決まっていないとのことでした。参加者からは、決める際には、利用者・事業者などの声を十分尊重するよう意見がだされました。
参加者から介護保険料の支払いに困っていること。大阪府下34市が減免しているのに、なぜくすのきはやらないのか。老年者控除の廃止や公的年金控除の縮小などで、来年度から非課税から課税となり、一挙に保険料が2段階から4段階になる高齢者もおり、大変なことになるなど、保険料の減免を求める声が多数出されました。当局は、保険料の減免は、国の制度で行うべきでちゃんと国に要望しているの一点張りでしたが、参加者からせめて保険料減免の試算をせよの批判の声に、試算することを約束しました。
懇談の中で、介護保険料を払ったら生活保護となる境界層の方には、国の減免制度があることが出ましたが、介護保険のチラシにも書かれていないことが明らかなり、今後チラシに掲載する事を約束しました。
10月から、施設入所者に、ホテルコスト代が加わるが、払えずに退去せざるを得ない方はどうするのかの質問に、当局は、「本人と施設との契約であり、そこに公はかかわれない」と答え、参加者から「何と冷たい態度だ」と抗議がありました。
憲法改正(「改悪」)論議がマスコミをにぎわす中、門真でも「憲法9条を守ろう」という草の根の市民運動が広がろうとしています。そうした中、この門真市に戦争放棄を憲法に盛り込んだ郷土の名士がいた。その幣原喜重郎にスポットをあてた紙芝居がつくられ、話題を呼んでいます。いったいどんな思いが…。
紙芝居の標題は、「戦争放棄は正義の大道」―守ろう憲法9条―日本が選んだ『戦争放棄』―当時の総理大臣の資料から制定の経過を明らかにする―紙芝居。製作者は、かどま退職教職員の会・門真教職員組合です。「少々長いサブタイトルですが、幣原喜重郎は、門真出身の戦後初の総理大臣として知られていました。また、小学校の社会化副読本では憲法制定に尽力したことも紹介されています。
今盛んに憲法は、60年たって現実に合わなくなってきていると宣伝されていますが、そもそも、憲法制定後まもなく政府みずから憲法をゆがめて解釈し、軍備を増強しついには9条を変え、『戦争をできる国にしよう』というところまで来た今。 もう一度、憲法制定当時の国民の思いを幣原喜重郎を通して思い起こそう。そして、幣原喜重郎が唱えた「戦争放棄は正義に基づく大道」、戦争をしない国こそ、当たり前の国という理想に向かってすすむことの大切さを訴えたいと製作しました。門真・大阪といわず全国で活用していただければ幸いです。」と結んでいます。
紙芝居の中からいくつかエピソードを拾って見ると
紙芝居は、青年とあの世からあらわれた幣原喜重郎の会話で始まります。門真市一番で生まれ、子どものころは、古川橋の願徳寺の小学校に通っていたことが紹介され、
青年「幣原さんは、日本国憲法を作るとき総理大臣をしていて、すごく苦労しはったと聴いたんですが、その時のことを聞いてみたいと思ってお呼びしたのです。」
幣原「そのことですか、役にたつなら知っている限りお話しましょう。」
続いて戦前外務大臣をしていたころの話しに…。
幣原「そのころはヨーロッパで戦争が起きたり日本も外国と戦争することが多くて。わたしは、戦争をしないで話し合いで決着しようと努力してきました。しかし、軍部からは「軟弱外交』とののしられ、ついには、外務大臣の仕事もはずされ…」
青年「その時なのですか泣く子も黙る憲兵とやりあったのは」
と、貴族院議員で大政翼賛会に入っていないのはあなただけだと圧力をかけられた様子を紹介。しかし、(議会で)ヒトラードイツに反対するものが一人もいないこと。アメリカでは、対日宣戦布告案に1人の女性議員が反対したことを示し、頑として譲らなかったことが語られています。
また、憲法制定当時の国内の論議の様子やマッカーサーとのやり取り、その中で、幣原が徐々に戦争放棄と戦力の放棄を憲法に条文化する方向に変化していった経過が語られていて、考えさせられます。
*記事の訂正とお詫び
先週の門真民報、1584号2面の門真市都市計画審議会の文中、「古川橋駅桑才線の一番柳田町北土地区画整理事業地から桑才深野線まで」を「古川橋駅桑才線の桑才下馬伏線交差部分から桑才深野線まで」と訂正します。尚、桑才下馬伏線の大阪中央環状線から北島大橋西側については廃止路線ではありませんでした。お詫びして訂正します。